やっぱり1人ご飯がいい

2人暮らしだけど、1人でお気楽食事がいい。けれど料理は無。 日々雑感、生活難、家族難多彩。内向的?毒舌が特徴。

60代 Wワークで意外に稼いでます!

YouTubeで60代でスーパーの面接を受け、

その場で速攻 断られた動画を偶然見た。

求人募集を見て電話で年齢を告げていたのに、

いざ、面接に出向くと開口一番に『帰ってくれる 年寄りは採用しない、、』と

却下された。

この動画を見て、非常に憤りを感じた。

年齢で採用しないなら、なぜ電話をした時点で断らなかったので

あろうか?

そこまで出向く交通費や履歴書を書く労力も考えず、、

理不尽な話である。

しかし、こう言った話は高齢者が求職する場合よく聞く話である。

70才まで雇用確保と、政府で謳っているが現実は

例え、経験云々があろうと雇う側から見れば、

若き人材であれば、来るもの拒まずであろうが

良心的な企業でも能力、体力も衰えた高齢者雇用は、

お試し的な採用であろうとも取れる。

 

 

私は前職が、コロナで廃業。すでにその時点で60代に突入していたが、

悠々自適の老後など、現実は程遠くあるのは貯金どころか

カードローン等の返済だけであった。

前職の失業保険受給後、スーパーの夕方レジバイト

ここは、余程 人手不足だったのか?近所という事と当時の店長が

チョーいい人だったので雇ってもらう事ができた。

そして、もちろん比例部分の年金とスーパーの収入では到底及ばず

昼間のパートを探し、老人施設の厨房業務等を経験した。

慣れない立ち仕事と思ったより過酷な内容で、一気に瘦せたが

それでも、何とか慣れ始めた頃

前職の職場を 大手企業が買い取り

私みたいな年寄りにもお声がかかった。

現実は、全くシステムや形態が180度も変化

若手を中心としたIT企業か?と思うくらいのシステム化されて

付いていけないが実感。

しかし、パートでも都会時間給並みなので、

せっかく入社したのだから、せめて契約更新までは

出社してみようとひたすら食らいついた。

そのうち、デスクワークより現場仕事のシフトも

時間延長で増やしてもらった。

そうして、週4 8時間勤務 

動き回る立ち仕事もあるが、座業のデスクワークもある

理想的な就業形態になった。

掛持ちの場合は、1日10数時間の勤務量になるが、

丸一日休みは、ほぼ死亡だが(笑)

 

今現在の2つ収入を合算すると、

正社員時代の社会保険控除後の手取りより上回る。

おかげ様で、カード増額返済が順調に進んでいる。

楽しんで仕事をしている訳ではない。

ハード過ぎて挫折しそうな時もある。

けれど、今働かないといつ?働くの?となる。

 

もしかしたら、人生で一番働いてるのかも?と思う

幸い、2つのバイトパートも、無事更新してもらう事ができ

ここ一年の仕事は確保。

後は、持病の悪化や予想外の病気発覚も懸念されるが

体力の続く限り頑張るしかない。

 

施設入居! 本人に納得させるって???フライングタイガー見っけ。

怒涛の施設探しは、

実家地元のグループホーム巡りに始まり、

どこも、順番待ち状態で申し込みの申請のみ

 

そんな折、ケアマネより1つのグループホームから空きありと連絡を受けた。

実家からほんの5.6分のグループホームである。

さっそく、面談をつけてもらい出向く

こちらの条件のあうホームとは、言えなかったが

これを逃すといつ見つかるかわからない。

契約の書類を用意してもらうという段階で、

姉より連絡が入る。

 

姉も独自で、ネット等で探していたが、

偶々姉の家の近くで、住民票を移動しなくても入居できる

有料老人ホームに空きがあるという

費用も、さほどグルーホームと変わらない

 

運転免許を返納した姉にとって、少しでも近くの方が

よいのであろう。

 

結局、実家近くのグループホームはキャンセル。

慌ただしく、そのホームに入居が決定した。

 

その後は、入居するギリギリまでヘルパーやディを入れて

独居を見守るが、日に日に奇行が増幅する母を

来実家するたび、『もう少しだ・・』と自分に言い聞かせた

 

そして、もう1つの課題は 施設入居を本人に納得させるか?と

いうこと

 

それは、施設側からも言われたが

認知症患者にそれは無理な相談である。

直接、本人を連れて入居する私にとって、

悩んだが、当日は訳がわからない母は、

私に促されるまま乗車

そして、あれよと言う間に入居が実現

今となれば、状況を把握できないままフリーズ状態で

送ったのがよかったとも言える

 

しかし、少しずつ解凍される記憶で

我に返る日も来るだろう。

後は、介護のプロにお任せするしかない

 

母を見送った帰路 久しぶりにショッピングセンターに寄る

介護中は、母の買い物しかしなかったが、

ここ約1ケ月間は、仕事と実家往復で

過密スケジュールだった。

解放感もある

昨年オープンしたこのショッピングセンターで何と!

フライングタイガーを見っけ。。

都会でしかお目にかかれないと思っていたが、

いつ?わが県に上陸したのでしょう?

 

施設入居!孫たちの意外な援助に感謝(涙)

私達姉妹が右往左往しながら、出した結論は

やはり、独居母を野放しにして置けない状況が押し迫った事だ

隣り近所の苦情や、

母の心髄している宗教団体が頻繁に、認知症を逆手に取り母を丸め込み

お布施を目的に、私達がいない空きを狙って頻繁に訪れるように

なったのも要因の一つなのだが・・

 

1日でも早く、施設を探し出し母を入居させる事だった。

しかしながら、高齢化社会とはいえ 田舎の少ない施設やグループホーム

常に満タンで順番待ちである。

 

それに一番の難関は費用である。

介護度2の母は、費用が収入に応じる特養は論外で、

有料の老人施設か、グループホームになる。

母の年金では、実家の維持費や施設費を

到底賄い切れない金額である。

 

長男と同居とはいえ 未亡人で遺族年金で生活している姉も

余裕がなく、そうなると私が仕事を続けて

何とかカバーできるよう身を粉にして 頑張るしかない。

 

母の現状を目の当たりにしている私には、

それしか思い浮かばなかった。

見かねた姉が、『最終手段を使う!』?? と言い出した。

 

それは、姉や私の子供達から援助を願う事だった。

 

特に 姉の次男は関西の大学を卒業後、当時としてはかなりの企業からの

内定を蹴り、かねてからの夢だった

飲食店経営の為に、修行してお店を開店 元々手腕があったのか

今では、4店舗に広げ会社組織にした。

コロナで打撃を受けているとは思うが、何とか持ち堪えている。

そんな折に、姉も戸惑っていたが、

 

私の夫は、自分の血縁じゃないと一切財布を緩めないと承知なので論外。

そうなると、頼めるのは孫しかいない。

 

そうして、彼らにダメもとで懇願してみた。

意外な結果に (*_*)であった。

 

皆、『ばあ~ちゃんには世話になった』と申し出てくれたのである。

特に、期待の姉の次男が毎月かなりの援助を約束。

ワタシの長男も、僅かだが一括で振り込んでくると言う

思いがけない勝算?となった。

 

そして、私の次男も子持ちで生活だけで大変なので

今回 声かけは遠慮したが、父(夫)がチラリと漏らした言葉で

『妻には内緒』という事で へそくり金を渡してくれた。

 

お互い(私と姉)子育てには苦労したが、

心優しい子供達に成長したことに 驚きもしたし感激の涙だった。

 

他人から言わすと 孫は関係ないでしょ!彼らの生活がある

とも思われる方々もいたが

藁にも縋る私達の願いが届いたと思っている。

今後の実家の空き家問題もあるが、

いつか 彼らに還元できるようにと頑張るしかない。

 

そして、施設探しが本格化した。