隣の芝生は青いのか?

2人暮らしだけど、1人でお気楽食事がいい。けれど料理は無。 日々雑感、生活難、家族難多彩。内向的?毒舌が特徴。時々ドラマ感想入ります。

さまようBBA。。ジムで息切れ、お風呂で息切れ

暑い!暑い!どこへ行っても暑い!

  1. 日中の近所散歩←するか?普通 炎天下の中→でも他にはすることなし
  2. 車の中→蒸し風呂、サウナ?エアコン聞いてんの?直射日光激し過ぎ
  3. ショッピングセンタークーラーは聞いてるが売り場を回ってる内に汗💦
  4. ジム 夏場はよけいに汗💦 おまけに息切れで死にそうになる。

 

退職してから、おじじからなぜか?お風呂の3ヶ月券をプレゼントされた。

ゲッ!この暑いのにお風呂へ行けと言うのか?

家のシャワーで充分だろ?今までだってそうしてきた。

毎日在住の私が、水道、ガスを文字通り湯水のように使うのが

目に見えたのであろう。

毎日、判で押したように決まった時間にお風呂へ直行している

この吝嗇オヤジには普通の提案だったらしい。

 

元々私は、大衆浴場や銭湯があまり好きではない。

自分や人の裸体を見たくない。

確かに冬は、家の風呂が寒いから仕方なく通っているが…

 

日の落ちかけた夕方になるべく行くが、やはり湯に浸かるなんて

もっての外。のぼせてしまう。

ササっと髪や身体を洗い短時間で脱出しようとしたが、やはり息切れ…

 

日中早い内からギンギラリンに熱を放つ太陽。

熊本の被災地の方々には足を向けて寝れないが、

どうか少しでも涼しい場所の確保をしてあげたい。

 

明日あたりは、未だ開拓していない図書館あたりに行ってみようか?

果たして古希で就職できるのか?美味だったお食事

清掃の仕事に応募して、即決で決まった。

余程の人手不足なのか、こんなオババでも採用する時代になったのでしょうか?

半信半疑で、一言で喜べない一抹の不安が出てきた。

  • 暑い中家に居たくないから焦った?
  • たった2時間余りのバイトだが完全なる肉体労働できるのか?
  • トイレ掃除とかって?私にできるのだろうか?
  • 持病の腰痛が出るかも?

腰痛は申告済みだが、その時は採用して欲しい一心で

『腰痛ベルトして頑張る!』と宣言してしまった。

私の悪いところがこれである。過去に何回も面接を受けているが、

自分の条件を伝えると不採用とされるかも?と言う懸念を抱くコト・・・

求人会社の条件を簡単に受け入れてしまうコトである。

誰もがそうなのかも知れないが、今回からは自分の年齢が特にネック

になっていた。

その上、驚いた事にその翌日に制服や、採用書類が届いてしまった。💦

1週間内に書類の返送する事とある。

その時までは、書類や出勤アプリをDLしたりするつもりだった。

 

だが、、、

その後、久々に友達同士の食事会があり私は限りなく躊躇する事になる。

食事会で久々に会った友等と近況を語りあった。

その時、1人の友がもう1人の友に

『どう?仕事続いてる?』と聞いた

おや?この人は長年働いた会社を肩叩きにあい、ずっと休日に手伝っていた

姉夫婦の経営する旅館をフルで手伝うようになったはずだが、

どこかに別の仕事を見つけたのだろうか?

人脈や交友関係が広いこの人は、頼まれてある会社のパート事務の仕事を得たらしい。

何と!羨ましいと言おうか、シニアでデスクワーク系の仕事を探そうとすると

パートでもほぼ0の確率である。

年齢不問とあっても、少しでも若い方を選ぶ企業がほとんどだ。

希望するどころか最初から門外で探した方が賢明だろう。

しかし、よく聞くと『もう辞めるつもりで明日あたり伝えようと思ってる』
と言う。

この彼女ははるか何十年前に事務職の経験があるが、現在のオフィス職のように

PC必須、出来て当たり前ではなく、当時はいわゆるお茶汲み、電話取り、コピーやFAX処理の腰掛けOLの時代だった。

電話を受けて、PCソフトか表計算ソフトに入力する作業が慣れてなく四苦八苦したそうだ。

あげくは、ストレスで便秘になり自分はこの仕事は合わないと判断。

速攻で退職を決意したそうだ。で私にお鉢が回ってきた。

まあそんなタナボタみたいなお話しが巡って来た訳なのだが、ここで

もしその彼女の紹介で、その事務職の仕事が決まったとしたら

送られて来た制服や書類はどうしよう〜という事になる。

掛け持ち、Wワーク?いや、時間帯が同じだ。

 

いずれにせよ、事務職の方はまだ面接の予定も未定だし、その結果次第なのだが。

この年になっても、1つ辞めたらすぐに次を探すという無限ループみたいな事を

繰り返してるのは、金銭的な理由もあるが、もはや性分なのかもしれない。

お食事会は兼ねてから行きたかったお店にやっと行けました。

お値段はお高めでしたが、一品一品が美味でした。

人生の就業はバイトに始まり、バイトで終わる。

高齢者求職者給付金の手続きも終わり、後は振込を待つだけとなった。

暑い夏 家にいるのが耐えられなく、どこでもいいから空調の効いた所で

働きたいと切に思った。終活ならぬ就活である。

 

2件程、バイトの面接にこぎつけたが、ここになって尻込み状態だ。

理由は

  1. 古希なのに雇って貰えるの?年齢は応募書類を見て分かっているよな?
  2. 例え、短時間の仕事でも労働はつらいと😓
  3. 前職がバイト募集していた。もう少し待とうか?

結局、履歴書書くの面倒くさい。面接場所まで行くのが難儀なのだ。

じゃあ、もう少し待つかと言い逃れするが

収入が途絶え、貯金が底を着くのが目に見える。

老後を重要視していなかった者の末路である。

 

ふと、私にとってアルバイトを初めてしたのはいつだろうと思い返して見る。

確か 初めてのアルバイトは高校生の時だった。

母の勤め先の繊維の工場で冬1週間くらいアルバイトをした。

糸巻きから糸巻きに機械で継なぐような仕事だったと思う。

簡単で、単調な仕事だったが生まれて初めて働くには丁度いい仕事だった。

それから、

都会の学校に進学しここでも、数え切れないくらいのバイトを経験した。

ビラ配りや喫茶店やレストランのウェートレス(古い?)

1番長く勤めたレストランでは、経営者家族と仲良くなり、

卒業してからも、終業後や休みの日に手伝ったりしていた。

半世紀程前の時代だったがいい思い出だ。

それから、結婚、出産を経て

子育てが落ち着いた頃には普通の企業に社員として働いた期間が

続くが、丁度62、3歳頃に勤めていた会社がコロナ倒産した。

さすがに正社員として雇ってくれる所はないだろうと思い、

求人探しはパートアルバイトに絞った。

シニアになったその後からは、

スーパーレジやホテルの仕事全般、老人施設の調理補助等々を掛け持ちしたりして

働いた。

 

gutajo.hatenablog.com

体力的にもういいと思い、退職したフルタイムパートだったが、

結局、半世紀後の今も短時間でいいからとバイト探しだ。

人生の終焉まで、バイトで終わるのだろうか?

 

初めて就職した会社の同僚から届いた。

夏バテに良いそうだ。

この方も故郷に戻ってからは県庁勤めだったが、現在も契約社員で働いている。

何と!72歳まで働けるらしい。